「ピクトグラム」という言葉を聞いたことがありますか?
デザインとして世の中に広く浸透しているものなので、聞いたことがある人も多いかもしれません。聞いたことが無い人であっても、言われると「あぁあれが!」とポンと納得行くと思います。
ピクトグラムの代表例としてよくあげられるのは、トイレにある男女のマークです。ピクトグラムはこのトイレのマークのように、「情報を文字ではなく図形で表すことで、言語に制約されずに正しい情報をあらゆる人に伝えるため」のものです。今ではトイレだけではなく様々な場所でこのような記号が利用されているので、みなさんも少し外に出ればピクトグラムを何個も見つけることができると思います。
さてこのように、今ではピクトグラムはトイレをはじめ、たくさんの場所に、たくさんのピクトグラムが存在しています。そこで疑問に思えてくるのが「ピクトグラムは最初どのようにして生まれたのか」という話です。ピクトグラムのことをより知るためにも、デザインを調べ考える前に、歴史について軽く触れておきましょう。
ピクトグラムの「文字情報を記号化し、誰にでも分かりやすい情報へ整形する」という考え方は1930年代のオットー・ノイラート氏とゲルト・アルンツ氏による学問領域で行われた「アイソタイプ」が源流といえるでしょう。
アイソタイプは統計の図表化など教育や学問領域を中心に利用されることはありましたが、今のピクトグラムのように、様々な場所で案内や注意を行う目的では利用されることはありませんでした。もちろん日本もこのアイソタイプは普及することはありませんでした。
日本では戦後も日本語の文字情報を主とした情報の伝達が行われてきましたが、情報の表現を改めなくてはならなくなる契機が訪れました。それは、1964年に開催された「東京オリンピック」です。
様々な国から多くの人がやってくるオリンピックを開催するにあたって「日本語(と英語)ばかりの情報をどのように変化させれば、多様な言語圏の人たちに正確な情報を伝えることができるのか」が議論されるようになりました。
この議論の中で勝見勝氏らによって産み出されたのが「ピクトグラム」です。
ピクトグラムは東京オリンピックで行われる様々な種目の情報を単純な記号にすることによって、多様な言語圏の人たちに正確な情報を伝えることに成功し、この成功が日本におけるピクトグラム文化の醸成のきっかけとなりました。この回のはじめに紹介した「トイレのピクトグラム」もこの時原型がつくられたピクトグラムの一種で、今では世界中で目にすることのできるピクトグラムにまで成長しました。
ピクトグラムは東京オリンピック以降、言語の制約を受けない、英語や中国語を超える世界共通言語として今でも活躍の場を広げ続けています。
さてここまでは「ピクトグラムの誕生」についてのストーリーを紹介しました。
歴史を知ったところで、次は今回のテーマである「ピクトグラムがなぜ必要なのか」という問いについて考えていきたいところですが、実はもうすでに答えは出てしまっています。
答えを先に行ってしまうと、ピクトグラムが必要とされている理由は「ピクトグラムが『多様な言語圏の人たちに正確に情報を伝えるための手段』であるから」です。例として挙げた「トイレ」の情報を伝えるときのことを考えてみましょう。
「トイレ」という情報を言語を用いて正確に伝えるのは大変な労力です。一番左側の日本人には比較的親しみのある日本語・英語(英)・英語(米)・ハングル・中国語(繁体)だけですら普通の看板に表現するのは一苦労です。しかしピクトグラムを使って情報を伝えたらどうでしょうか? 実際に見つけた具体例を使って考えてみましょう。
この看板はタイで見かけたトイレの看板です。文字情報はタイ語・英語・中国語の3つがありますが、日本人が読むことのできる英語は「MAN(男)」とだけ記され、文字情報ではさっぱり理解できません。しかし横を見てみるとどうでしょうか。日本の至る所で見かける人形の図形が表示されています。
私たちは、このピクトグラム(図形)があることによって、下にある矢印が指す方向にトイレがあり、そしてそれは男性用トイレなのだということを理解することができます。このピクトグラムがなければ、この文字情報が示す内容が男性用トイレということは理解しづらいでしょう。
ピクトグラムの効果は自分の使う言語圏であれば分かりづらいものですが、海外に行ってみるとピクトグラムの「言語に制約されない情報」の重要さが分かります。皆さんが言語圏の異なる異国に行ったと仮定し、街を歩くことを想像すれば、ピクトグラムは違う言語圏で正しい情報を伝えるための重要な要素であることがお分かりいただけたでしょう。
また、「ピクトグラムは言語に制約されない情報を伝えることができる」ということの他にもう一つ使う意義があるのではないかと考えています。
それは「慣れない場所では、文字情報の中に記号化された目立つピクトグラムがあることで、より素早く正確に目的を達成できる」という点です。
例として新宿駅の案内を見てみましょう。多くの場所と繋がる新宿駅はどうしても文字の情報が多くなってしまいます。そのために日本語と英語(最近では中国語やハングルも)による文字情報が中心の案内となっています。しかし多くの人が利用し、そして多くの人にとって素早く見つけたいトイレだけはピクトグラムを用いて案内されています。
ここで使われているピクトグラムは、ピクトグラムを使うもう一つの意義「慣れない場所で、文字情報の中に記号化された目立つピクトグラムを使うことで、目的を素早く正確に達成させることができる」ということの典型例であるといえるでしょう。
さて、ピクトグラムがなぜ必要とされ、なぜ使われているのか。なんとなくお分かりいただけたでしょうか?
この記事の中でも何回か書いていますがピクトグラムは探せば至る所に存在しています。皆さんもぜひ、通勤通学の途中の駅や、遊びに行ったテーマパークなどでピクトグラムを探してみて下さい。
次回はピクトグラムをさがす時、見てみると面白い少し視点を変えたピクトグラムの観察のお話をしていきたいと思います。ぜひ観察のためのフィールドワークの前にこの記事も見てみて下さい。